忘れない

これだけ情報が増えると避ける事が絶対に出来ない


あらゆる性的表現について


僕はその全てがイヤで嫌いで、憎い。


無論、僕だって女の人が好きだし性的欲求に駆られる。


理性と記憶が、僕の本能を憎たらしく思い、摩擦ですりきれそうになる。


事の発端は、学生時代に大切な友人が乱暴された事に遡る。

休日明けに見た顔はあざと、かさぶただらけで僕の心臓を抉りとらんばかりであった。

実際に一部は欠落した。


その友人の心はとても尊く、聡明で

僕は心から尊敬の気持ちを持っていた。


その美しい存在を薄汚い、理不尽な暴力でねじ伏せたヤツがいる


僕は怒りにくるまれたがその行き先はどこにもなかった。


そいつがどこの誰だかもわからない上に、自分の怒りを発散する為だけの理由でそれ以上聞き出す気にもなれなかった。

本人がどれほどの気持ちでいるのかは全く想像も出来ないが他人である


僕は、その他人である事が耐えられない事も加え、怒り狂っていた。


そしてその怒りはエゴであり、

余計なお世話だという事もわかっていたが遂に今まで変わる事が出来ないでいる。


怒りは時間と共に風化する事は無く、僕に歪な変化をもたらしています。全ての性的な表現や、いわゆる性的な話を楽しむ人達、

今そこにいた女性が去った後の男同士の下品な会話、そして同じ性的欲求を持つ同種の自分を憎んでいます。自分の記憶と本能の摩擦。


冒頭、書いたように現代に生きて行く上で、その手の物を避ける事は出来ません。過敏でオカシイのは僕だし、変わらなければいけないのだけれど、この20年間、変われませんでした。忘れる事もありません。最早、怒りなのか、哀しみなのかわからない。

とにかく傷付いてしまうのです。


この先どうして、このまま生きて行くのか。


それ自体が甘美な事、というのはよくわかるし僕もそれを求める。

恍惚とし満たされる感覚は僕をハイにする。

だけれど心の何処かで自分に対する暗い怒りの炎が燃えています。


いっそこのままどこまで自分を嫌える事が出来るのか、すみませんこの先は書けません。


そしてこんにち、又、様々なニュースで性犯罪に関する論争が行われています。人は人の自由を奪わず暮らして行くべきなので僕のエゴは誰にも押し付ける事はないけど、

人間は物を思う動物なのです。


僕はもうその事を忘れたい。失くしてしまいたい。どうして嬉しい事は

忘れてこの事ばかり焼き付けられているのでしょうか。


僕のたった一回の人生で起きてしまった、たった1つの関係ない犯罪がずっと僕に暗い影を落とし、決定付けられてしまいました。


みんなと一緒になって、冗談だから笑ってふざけあったりしたいのかもしれないですが、僕にそういう事はないでしょう。


簡単な気持ちで触ったり、安易に手を出して、

果ては話かけたりしているのでさえ

記憶が蘇るのです。

なにか関係の無い、美しい物を見た時でさえそれが失われる時がある事を考え、結びつけてしまいます。


僕の今までの行動で辻褄が合わない事もあると思いますが、僕には怒りと本能が相反していてよくわからない状態になります。とても自分の都合の良い様に。自分は良くて他人はダメ、という薄汚い心持ちな時もあります。


論争の一部に「誘うような仕草」

「露出の多い格好」をする方が悪い、という意見を見かけてしまいました。良かれ悪かれ「性」の話題は何でも傷付くので何も触れない、何も考えないようにしていたのですけども。


自分の欲求の為に他人を踏みにじるヤツが嫌いです。力でどうにでもなるのなら、それ以上の力でそいつをどうにかしてやりたいと考えます。

本当に、暴力的に。それは間抜けな事だと知りながら。


そしてまた逆の事を書きますが、人の表現は自由であるべきだと思います。ただ、それを超えて敢えて思います。暴力の対象にならない様にして欲しいとも思います。

それは、プールサイドを走らないという様な類の簡単な安全対策程度のもので結構です。



起きてしまった過去は変わりません。どんな努力をしても無くなりませんでした。


僕は被害者ではありません。勝手に傷付いているだけです。そしておかしな方向に変化してしまいました。


誰か僕を変えて下さい。忘れる事は出来ないのでこれから、過敏に反応する事なく生きて行く為に、他人の事を話の題材にするわけにいかないので20年間1人で考えてましたが間違いました。


助けて欲しい。この気持ちのままでいたくない。他人を変えたいのではなくて、僕が変わりたい。










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