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まだ確か17歳くらいで、家では将来のtepPohseenの為に録音や、何かがらんとした空間を見つけてはノイズを出すお稽古をしていた。当時発売されたばかりのヤマハのSU10を武器に片っ端からサンプリングするのに夢中であったといえる。


当時数少ない、音楽以外の友達からスケートボードを勧められてクラブに遊びに行き始めたのもこの頃。


自分の境界線を飛び越えて色々な人と交流をもつ時期だったのでしょう。ノイズもハウスもパンクもフォークも全部ハードコアとして聴いていた17歳。かな


とある夏の夜に1人地元の駐車場で滑っていると同年代くらいの男に話かけられた。

「何してんの?名前教えてー」

どう見たってスケートボードをしていたし若干戸惑ったがその時はオープンでありたい悩めるセブンティーンだったのでバカ正直にフルネームで答えたところ、男はQと名乗った。何でも東京から学校も出ずに流れてきて今は土木の仕事をしている、との事。今となっては苗字もわからないし考えたら本名かどうかもわからなかったがやたらとスケートボードが上手であった。フリップ等も教えてもらった。


Qの家はやはり近くで1人住んでいて限りなく自由なシックスティーンだった。年下かよ。

後はお決まりのコースで大事な時期だというのにQの家に遊びに行ってはゲームしたり音楽聴いたりしてかなりドープだった気がする。マズイ、とか当時はわかんなかったな、、んー、、わかってたのかな。

2人がそんなハイティーンなので色々友達が増えて夜遊びが増える様になり酒とかなんかそこらへんの許された?ものでは刺激を感じなくなってちょっともう正気ではなかった気がする。

断っておきますが、昔はこんな事してたんだよ、とか悪かったんだよとかの話をしたいわけではない。詩集を読んで感動したり、路傍の花を踏んでしまい気にかける様なとこも確かにあった。まあいいや


そんな2人の仲は理由もなく収束し、気付いたらQはいなくなっていた。そんなものです。


そんな記憶も薄れ20歳も近くなり僕は1人暮らしを初めていよいよ、よくわからない大音楽に没頭していました。

「良くん元気?」突然入って来たポケベルでQだとわかった。

ああまたあの毎日が始まるんだという気怠さと共にまたオープンに見せたい癖が抜けておらず半ば諦めと喜びから自分の家へ招き入れてしまった。

Qは相変わらずで必ず何かの成果を持って家に帰ってきた。必ず女の子を連れて来ては3.4人で朝を超えても酒を飲んだり、Qがいない時にまた女の子が来たりしてとても困ったり何だかよくわからない事になっていたけど何だかわからない刺激?を求めて外や中で遊び続けた。

回線のあるPHSもくれた。


そうなってくると今度は悪い大人の、遊びではない人達が出て来て大変にマズイものをもらうようになってしまったのです。管理という名目で凄く痩せた、少し年上の女の人も付けられてしまった。「あんたダレ?」とか聞くのもカッコ悪いし、知りたくねーし。


とにかく、書を捨て街に出た結果だった。


ちょっとボカして書きますが

僕達3人は僕のワンルームに閉じこもり、音楽をかけてやたらとライターを消費した。ライターで良かったのはその女の人の良心だったのかも知れない。針とかねーし。2.3日は家から出なかった気がする。ライターが無くなったから家から出るより他なかった。家から出ると街は森の枝になっていたが全く気にならなかった。

フクロウからライターを買って家に帰った。そんな生活を節度を持って?数回繰り返しでターンオーバー。


基本的に眠る事が無かったのでずっと起きて考え事をしたり掃除をして遊んでいたのですがいつしか眠ったその女の人が起きなくなった。

今に起きるだろう、と思ったものが丸2日間眠ったままでよく見たら呼吸も脈もない様な状態に思われさすがにディープになった。どこか連れて行くしかない。Qと目を合わせて無言で相談した。


部屋にエアコンは無く、ジリジリとしていた。やけに赤い西陽は真っ青な女の上に落ちていた


もうここら辺で上からエンドロールでも流れてくれないかと思ったが

天井しかなかった。


もう2人とも正気ではないので「どこかだれにも見つからないところ」を探そうとしていた。病院とか正しい?とこじゃなくて。つか、山とか。山とか。車もないし、免許もないし検討もつかないし、大きなスコップも持っていなかった。電気のN.O状態で何もなかった。誰かに聞くわけにもいかなかった。ブルーシート!と思ったがそれは見つかった時に警察が使うものだと気付いた。


結果、夜にその女の人は目覚めたので僕達はそいつを埋めずに済んだ。


同じ時期にもう1人の友達がパチンコ屋で強盗をして捕まっていた。


気付いて見たらマズイ状態だった。


それを機に全てを捨てて1人になった。終わって冷めてみればイヤな出来事であったし幸い抜け出せない状態ではなかった。ホントはオープンでない自分自身が役にたった。


若気の至り、では済まされない間違いの記憶。

空想の日記として読んで下さい。